【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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気になる大給松平家の岩村藩と西尾藩の関係とは?

名鉄新安城駅から本線から別れていく三河線の途中にある西尾市、駅からさほど遠くないところにある西尾城。 三河国の西尾藩と岩村藩の関係。 西尾藩は、幾たびか城主が替り廃城となったりしても、大給松平家が江戸 …

岩村城の城下は以前は富田地区にあった、天正時代に入って城主・河尻鎮吉が今の城下に移転する。

岩村城・築城は源頼朝の重臣・加藤景廉が望んで貰った東濃地方で荘園所有者になる。 岩村城は別名霧ヶ城ともいわれ、徳川時代には松平三万石の居城で、城は岩村町の東方717mの山の上ある。   &n …

日本三大山城の一つ岩村城の始まりは加藤景廉、遠山氏以降の城主と登ってみたい本丸まで。

岩村城の始まりと本丸までの道案内。 岩村城の始まりは、鎌倉幕府が出来ると源 頼朝は功臣、加藤景廉をこの 遠山荘の地頭とし、嫡男加藤景朝はここに住み遠山姓を称した。               …

三遠山(岩村城・明智城・苗木城)鎌倉時代から戦国時代に、そして徳川時代から

  【加藤景廉】平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。鎌倉幕府の御家人。 藤原利仁の流れを汲む加藤景員の次男。                         ▲加藤景廉 &nbsp …

鎌倉時代にどうして岩村に城が築かれたか?

岩村城に加藤景廉が登場した経緯、源 頼朝から遠州浅羽、伊豆牧之郷等と美濃国岩村の所領を与えられる。   加藤景廉(1166年〜1221年)は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた武将で鎌倉幕府 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。

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