【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

「 織田信長 」 一覧

飯高観音は美濃国・岩村城創建より前平安時代に修験道の寺として開基されてた。

飯高山 萬勝寺は(通称)飯高観音と呼ばれて親しまれ御朱印・厄払い、恵那三十三観音の第13番札所。                  ▲飯高山萬勝寺・飯高観音への地図です。      …

岩村城主遠山景任、信長の叔母「おつやの方」を正室に娶り(めとり)ひそかに姫を産む。

まさか?と思われる出来事。美形の姫がいた、その姫は淵に身を投げた。 戦国時代の女性は殆どが名前は不詳であり、「おつやの方」「お直の方」と 多く使われていますが、『三河風土記』に遠山景任(かげとう)を「 …

武田・織田の戦国武将が自らの勢力図を作るために岩村城の女性「おつやの方」を襲う。

戦国時代の陣取り合戦、真っ只中にいた女性は?信長の叔母「おつやの方」。    1572年10月、武田信玄が西上作戦を開始すると、秋山虎繁(秋山信友)と山県昌景は別働隊として3,000にて奥三河へ侵攻さ …

飯高観音の僧が兄が亡くなったため、変身し美濃国明知城の城主になって活躍。

【遠山家】岩村城・明知城・苗木城の関係    岩村城は元治元年(1185年)源 頼朝が全国守護・地頭を置いたとき、重臣の加藤景廉に功績があったので、遠山荘の地頭に補せられた※1。 ※1補せられたとは→ …

織田信長に磔刑で殺された「女城主」、恨み言葉を残して信長七年後に本能寺で死す。

織田信長と武田信玄の戦いに翻弄されたか?岩村城。  元亀3年(1573年)信玄は西上作戦を開始する前に、木曽義昌と遠山直景に命じて飛騨の三木自綱を攻めさせた。     この戦いで遠 …

織田信長が岩村城を落としたことを喜んで、徳川家康に出した 黒印状で真実がでた。

真実を語る、織田信長が家康に黒印状を送る。 岩村町教育委員会と岩村町郷土読本編集委員会の西尾精二さんとの意見が違うから‥。 いまなお、現地(岩村町地内)に、おつやの方の表札が立っている。   …

織田信長の叔母が日本三大山城美濃国のおんな城主「おつやの方」と織田家の家系図。

美濃国岩村女城主・おつやの方は織田信長の叔母絶世の美女として生まれ。  織田信長の叔母のお直の方またはおつやの方は、愛西市の勝幡城で(信長の生まれた城)で、信長の祖父織田信定(1538年没)の末娘とし …

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