美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

北条早雲 =伊勢宗瑞が小田原城を奪取するのに密かに作戦を練る

   北条早雲=伊勢宗瑞が「北条早雲」と呼ばれるようになったのは、彼の死後のことです。     生前は伊勢宗瑞や伊勢新九郎と名乗っていました。 「北条」の姓を名乗るようになったのは …

前田利家の金沢城加賀騒動をわかりやすく説明

 天文15年(1546年)年に創建された金沢御堂は、地元の大坊主衆や本願寺の坊官たちが取り仕切っていました。     この金沢御堂を制圧し入城したのが佐久間盛政でした。 佐久間は、 …

豊臣秀長が磨き上げた「最高の右腕」藤堂高虎|忠義と実務が交差する師弟の絆

藤堂高虎とは、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。 伊予今治藩主、後に伊勢津藩の初代藩主となる。 津藩藤堂家(藤堂家宗家)初代です。 藤堂高虎は秀長に雇われて人生変わった、 徳川家康に重用さ …

松平元康(家康)大高城から逃れて必死でたどり着いた大樹寺

   主君・今川義元が尾張国の織田信長に討たれ、残党狩で信長軍に追われた元康軍は勇み岡崎城へ帰還する前に安祥松平氏の菩提寺である・大樹寺へと足を向けた。 では大樹寺とは誰が建立した菩提寺なのか? &n …

家康は上杉征伐の途中小山評定で各大名に東軍か西軍どちらに着くかを確かめた

   徳川家康は7月24日、上杉景勝を討伐するために会津に向かっていた途上、下野国小山に本陣を置いた。     その時、石田三成挙兵の報せが入り、翌25日、急遽 家康は本陣に諸将を …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。