美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

雑賀衆の誤算!信長を追い詰めた最強鉄砲集団が秀吉に敗れた理由

2026年のNHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも注目を集める羽柴秀吉・秀長兄弟の活躍。 しかし、その天下統一の過程で影をひそめた巨大な勢力があります。   それが、紀伊国(現・和歌山県)を拠点 …

対馬藩宗氏が国書改ざんをしてまで朝鮮と国交回復した理由とは

2026/10/03   -未分類

「偽造がバレたら、間違いなく即打ち首——」 豊臣秀吉による二度にわたる朝鮮出兵(文禄・慶長の役)を言い渡された離れた小島の対馬藩・城主の宗義智。 出兵すれば日朝関係が決定的に破綻する。 その板挟みとな …

「武田信玄の父・武田信虎は、なぜ実の息子に国を追放されてしまったのか?」

甲斐国を統一し、武田家の基礎を築いた名将・武田信虎。 しかし天文10年(1541年)、信虎は突如として息子・晴信(のちの信玄)の手によって駿河国へ追放されるという衝撃的なクーデターに見舞われます。 & …

浅井久政は六角の養子?徳川家光の曾祖父が辿った生涯と最新再評価(33文字)

1573年9月23日(天正元年8月27日)、北近江の戦国大名・浅井久政(あざい ひさまさ)は、織田信長に追いつめられた小谷城の小丸にて、息子の長政に先立って静かにその生涯を閉じました。   …

蜂須賀正勝は何をした人?秀吉との出会いから交渉人としての最期まで

2026/09/29   -蜂須賀正勝

蜂須賀正勝(小六)といえば、岡崎の矢作橋で日吉丸(のちの秀吉)と出会った野武士の親分——そんなイメージを抱いていませんか? しかし近年の研究や史実では、野盗どころか木曽川の水運を握る高度な実務派集団「 …

茶屋四郎次郎と伊賀越え!家康の危機を救った豪商の真相に迫る

慶長元年(1596年)9月19日(慶長元年閏7月27日)は、徳川家康の親信として知られる豪商・茶屋四郎次郎こと茶屋清延の命日です。 天正10年(1582年)の本能寺の変の際、堺から上洛の途にあった徳川 …

石見銀山はなぜ世界遺産に?神屋寿禎の発見歴史と幻の御取納丁銀

「海上から山が光り輝くのを見た」・・・そんなドラマチックな伝承とともに始まった石見銀山の歴史をご存じでしょうか。 ▲神屋寿禎が舟の上から見たイメージイラストです。     大永6年 …

【豊臣兄弟】秀長を陰で支えた妻・慶(ちか)とは?知られざる「もう一人の内助の功」

豊臣秀吉の天下統一を陰で支え、「天下の補佐役」と称えられた大和宰相・豊臣秀長。 そんな秀長を一番近くで支え続け、生涯をともに歩んだ妻・慶(ちか/慈雲院)をご存知でしょうか?   秀吉の正室・ …

【豊臣兄弟】寧々と秀長の信頼関係とは?秀吉を支えた絆のエピソー

農民から関白・太閤へと上り詰め、天下統一を果たした豊臣秀吉。 その華々しい偉業の陰には、常に秀吉を支え続けた「二人の理解者」がいました。   正室の寧々(ねね/高台院)と、弟の豊臣秀長(小一 …

朝倉義景の最期とは?賢松寺での自決と裏切った朝倉景鏡の末路

2026/09/21   -一乗谷・朝倉義景

越前の名門・朝倉家の第11代当主であり、一乗谷に華やかな文化を咲かせた朝倉義景。 足利義昭を保護するなど圧倒的な権勢を誇った朝倉義景ですが、なぜ織田信長によって追い詰められ、滅亡の道を辿ることになった …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。