【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

細川ガラシャの子孫が意外や意外、信長の曽孫と結婚してる-元総理大臣は

2020/03/29   -未分類, 細川ガラシャ

細川ガラシャは(結婚前は明智珠または玉:たままたはたまこと言ってました)で 父親が明智光秀だということは、ひろく知られています。                     ▲細川忠興と細川ガラ …

日本三大山城の一つ岩村城の始まりは加藤景廉、遠山氏以降の城主と登ってみたい本丸まで。

2019/11/29   -未分類

岩村城へ登には、岩村町の東側にある山を目指して行けば行けます。 入り口には資料館と佐藤一齋の銅像、その上に行くと下田歌子・三好学の銅像があります。   藤坂から本丸までの道案内。 &nbsp …

おつやの方と信長は子供の頃野山で遊んだ仲、織田信長の愛刀「へし切長谷部」

信長の愛用してた刀に興味ありませんか?     岩村城の女城主は、いわゆる信長の年下の叔母さんです。 叔母ということは信長の祖父〔尾張国の織田大和守家(清洲織田氏)に仕える清洲三奉 …

岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。

2019/09/24   -信仰の山

三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。   その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。   三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …

岩村城の城下は以前は富田地区にあった、天正時代に入って城主・河尻鎮吉が今の城下に移転する。

2019/08/18   -城下町

岩村城・築城は源頼朝の重臣・加藤景廉が望んで貰った東濃地方で荘園所有者になる。   その時分からあった城下町を富田地区から現在の城下町に移転した信長の家臣で岩村城主となった河尻鎮吉が天正時代 …

美濃国「岩村城」は標高717mの山城で鎌倉時代に築城された日本100名城の一つ

2019/08/06   -岩村城, 岩村町

源頼朝の重臣加藤景廉を祖とする嫡男景朝が標高717mに岩村城を築城     時は平治の乱※1(1150年)保元の乱※2の頃(1156年)の東濃地方は野武士や盗人が奔放※3に振舞って …

明智光秀が本能寺の変をなぜ起こしたか?優れた頭脳の青年時代の行動を知りたい

2019/07/24   -明智光秀

いまNHKで『麒麟がくる』という番組がはじまっています。   明智光秀が足利義昭の家来になるまで、また信長に仕えるまでの経歴を調べてみたいと思います。     先ず、光秀 …

恵那駅から日本百名城の一つ岩村城までの案内と城下町散策の歴史的建物の説明

「岩村」駅を降りて改札口を出ると目の前に岩村城が見える。 その麓に城下町。   岩村町は標高が駅付近で500mから城下町へ登って行くにつれて515mと高低差があり、夜は気温がぐ〜んと落ちます …

岩村城藩主邸跡地の佐藤一斎翁銅像にて小泉元総理も「言志祭」に参列して一斎を偲んだ。

美濃国・岩村城の藩主邸跡地で、佐藤一斎をしのぶ「言志祭」に元首相小泉純一郎も参列しました。      平成21年(2009年)10月24日藩主邸跡地に佐藤一斎翁像の前で、没後150 …

遠山の金さんと鳥居耀蔵の二人の共通点〜それはルーツが岩村城

名奉行と言われる遠山の金さんと妖怪といわれる鳥居耀蔵は岩村城と関係があったのです。   遠山の金さんは、鎌倉時代に築城を決めた加藤景廉の子孫、一方鳥居耀蔵は岩村城主・大給松平乗薀の三男の子儒 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。

ここには、自己紹介やサイトの紹介、あるいはクレジットの類を書くと良いでしょう。