美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

先祖が乞食坊主の徳阿弥だったのに家康はなぜ征夷大将軍になれたのか?

   司馬遼太郎の「歴史の中の邂逅」に「上州徳川郷」という話があります。     つまり徳川の祖は大久保彦左衛門の書「三河物語」に書かれたように「中有ノ衆生ノゴトク」全国を歩いてい …

岩村城の歴史は古く鎌倉時代に築城され大政奉還まで権威を保った城主たち

 岩村城といってもどういう経緯で、この東美濃の岩村に城が築かれたか? 又どんなお殿様がいたのか? 知りたくないですか?     標高717mの城山を選んで城を築いた加藤景廉公、遠山 …

遠山氏の明知城は景朝の次男・遠山景重が築城し末裔に遠山金さん現れる

 いきなり遠山景朝といっても、この人物は何者じゃと思いますよね。 美濃国岩村城の祖は加藤景廉ですが、景廉が頼朝より恵那地方の遠山荘の地頭に捕されたので、景廉に代わり、その岩村に来て住んで城を築いたのが …

桶狭間の戦いは織田信長と今川義元との死闘の合戦はどういう理由で始まったか?

 永禄3年(1560年)上洛を目指して尾張に侵入した今川義元を、織田信長が雨の降る豪雨の中奇襲をかけて倒したと考えられています。 これが一般に知れ渡っている通説だと思います、   &nbsp …

なぜ茶々だけが秀吉の子を生めたのか?豊臣家の秘密と歴史的背景を徹底解説

 茶々(淀殿)は豊臣秀吉の側室となって、秀吉亡き後出家せずに豊臣家の母となって徳川家康と戦い豊臣家を潰した女性です。 そこには茶々の深い想いがあったかもしれません。     義父・ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。