美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

渋沢栄一パリ帰還後徳川慶喜に会いに行って静岡藩に勤務を命じる

 将軍・慶喜にパリ万博を進められ、将軍の弟・徳川昭武の随員として渋沢栄一(当時は篤太夫)がパリ万博へ、幾人もの王・銀行家・貴族らの西洋人との接点を得てきて学んできた。     日本 …

岩村町の浄光寺は徳川の世なって初代藩主と共にやって来た武士だった

  岩村町は城下町なのでお寺さんが多くさんあります。   まず、松平家乗と共に岩村の地へやって来たのが、浄光寺と盛巌寺と本町五丁目にある浅見家の事です。     松平家乗 …

飯高観音の僧が兄が亡くなったため、変身し美濃国明知城の城主になって活躍。

加藤景廉の嫡男遠山景朝が最初に岩村城を築城して、明知城・苗木城を築城して恵那地方に幾多の城を築いて治めてた。      岩村城は元治元年(1185年)源 頼朝が全国守護・地頭を置いたとき、重 …

関ヶ原の戦いは東軍・西軍の戦いで毛利一族の小早川秀秋の裏切りで東軍勝利

   慶長3年(1598年)8月18日、豊臣秀吉は伏見城中で63歳の生涯を閉じたが、心残りは息子・秀頼は幼く政務はできず、豊臣政権の運営には五大老・五奉行に委ねました。     生 …

女城主おつやの方は信長に政略婚に使われ挙げ句の果ては磔にされた絶世の美女

 戦国時代の女性は、ほとんどが名前が不詳であった。   女城主・おつやの方も例外でなく、「お直の方」「おつやの方」と多く使われています。 「三河風土記」に遠山景任(とおやまかげとう)を「岩村 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。