美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2021年7月19日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
先祖が乞食坊主の徳阿弥だったのに家康はなぜ征夷大将軍になれたのか?
司馬遼太郎の「歴史の中の邂逅」に「上州徳川郷」という話があります。 つまり徳川の祖は大久保彦左衛門の書「三河物語」に書かれたように「中有ノ衆生ノゴトク」全国を歩いてい …
家康の三河一向一揆はなぜ起き家臣まで敵方に付いたかを詳しく説明
桶狭間の戦いで主君・今川義元が信長に討たれてしまう。 これは家康にとって吉と出るか凶と出るかの分かれ目であったに違いない。 元康は本隊から離れて鷲津・丸根砦の陥落後大高城 …
岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。
三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。 その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。 三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …
岩村町の女城主の里!古地図をみながら史跡スポットを巡ろうーCの章
Cの章は岩村町の西に位置する新町から領家を案内します。 岩村町は東の八幡さまから西の武並さんと東西に長い城下町(勾配のある)が続きます。 下記の地図を見ていただくと分かる …
波乱の生涯だった家康の生い立ちと天下を取る過程を簡単に説明
家康は父・松平家第八代の松平広忠17歳と母・於大の方15際のとき三河で生まれ、幼名を竹千代となったが、3歳(実質1歳半)で父が母と離縁した。 母はその後、阿久比城の久松俊 …
2026/06/03
武田信玄が晩年の病に抗った「隠し湯」の謎|、天下人が命を託した3つの名湯
2026/05/31
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
2026/05/30
【豊臣兄弟】寧々と慶の「内助の功」とは?天下人を支えた最強の義姉妹コンビの裏話
2026/05/29
【豊臣兄弟の頭脳】両兵衛の絆が生んだ奇跡と、天才軍師の遺志を継いだ「仁王丸」の知られざる戦国秘話
2026/05/26
信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村