美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

勝者・秀吉の挫折と 蟹江合戦局地戦で敗北直後に書かれた新発見書状の意味

   賤ヶ岳の戦いで秀吉と組んでいた信長の次男・織田信雄が、秀吉の勢力拡大に対して、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信勝が徳川家康に助力を依頼して二手に分かれて戦ったのが「小牧・長久手の戦い」です。 …

豊臣兄弟の恩人・松下之綱とは?猿と呼ばれた秀吉を救った主君の正体

大河ドラマ『豊臣兄弟』で、藤吉郎がいきなり尾張の中村の実家へ帰って来て小一郎を連れて織田信長の館に連れて行った? ドラマが始まりますが、そんなバカなことはないですよね。 物語は順を追って説明してほしい …

応仁の乱を皮切りに戦国時代の前哨戦となるか?細川・山名両氏の戦いで火蓋をきる

  日本には戦国時代と呼ばれる時代がありました。 特に人気の高い時代です。 ですが、歴史区分に戦国時代っていう区分はありません。     日本には、縄文時代→弥生時代→古墳時代(大 …

「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす

豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)のキャリアの中で最大の危機であり、かつ最大のターニングポイントとなった「北陸ボイコット事件」から「播磨(中国)攻め」への大逆転劇ですね。 「信長を怒らせて引きこもり(蟄居)を …

宇喜多直家「毛利裏切り」の逸話とは?織田・豊臣兄弟を驚かせた寝返りの全貌

松永久秀・斎藤道三と並び「戦国三大梟雄」(または戦国三大悪人)と称された宇喜田直家は、徹底した「暗殺」と「謀略」によって、没落した家柄から這い上がり、備前国(現・岡山県東部)を支配する一大名にまで上り …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。