美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

【悲運】家康の次男・結城秀康が将軍になれなかった背景

こんにちは隆太郎です。 皆さんもご存じのように、家康の長男は信康、信康は正室・瀬名から生まれたが父親に命を奪われた。     三男の・秀忠が生まれた年は、天正7年(1579年)で、 …

源頼朝はなぜ鎌倉に留まって鎌倉幕府を開いたか?

   源頼朝は日本社会で初めて武士社会の権力を確立した武士団の頭領ということは、みなさん知っての通りです。   宿敵の平家を完膚(かんぷ)なきまでに破り、完全に権力を握った頼朝は、征夷大将軍 …

徳川家康は豊臣家の関係を断ち切るために秀頼・淀殿を滅亡に追い込む

 家康は慶長5年(1600年)において豊臣家の中で同士討ち石田三成(西軍)と徳川家康(東軍)の間で天下を二分する戦いを関ヶ原で決戦した。 いわゆる関ヶ原の戦いです。     これに …

淀殿と豊臣秀長の静かな駆け引き|秀吉政権の裏にあった調和と絆

 豊臣秀吉の弟・豊臣秀長、温厚で誠実な人柄は、戦乱の世にあって兄・秀吉を支える”調整役”として多くの武将に信頼されました。     一方、淀殿(茶々)は、秀吉の側室として絶大な影響 …

北条義時の系図と長男・北条泰時(3代執権)の母は八重姫か

   謎を生む鎌倉時代、今から830数年前のことの真実は誰も分からない。     我が故郷の岩村城も築城830数年経っていますが、真実はわからないです。     …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。