美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康はなぜ浜松城に移ったのか?ーその後の浜松城主たちの出世は

 家康は「桶狭間の戦い」は、人質生活から解放されるキッカケとなったが、苦難の道が待ち構えていた。     大高城を離れて大樹寺、岡崎城に戻り、そして今川氏と決別した。 永禄11年( …

秀長が見抜いた「最高の右腕」藤堂高虎|七度主君を変えた男を繋ぎ止めた絆

藤堂高虎は、もともと多くの主君を渡り歩いた武将でしたが、豊臣秀長にその才能を見出されて仕官したことで、人生の大きな転機を迎えました。 秀長は高虎を「ただの武闘派ではなく、実務や築城にも長けた逸材」とし …

日本三大山城と日本名城100選に選ばれ美濃岩村城・備中松山城・大和高取城

 日本三大山城とは、何を根拠に日本三大山城というのか?疑問に思ったので調べました。   三大山城の条件 新人物往来社出版の「日本城郭体系」の中に記述があり、「美濃岩村城」「備中松山城」「大和 …

竹千代の誕生後1歳半で父・広忠と母が離縁後6歳〜19歳まで人質生活を送る

 家康といえば天下を取った「たぬき親父」という印象の方が多いことでしょう?     家康のことは知ってるようで知らない、江戸城を築いたり名古屋城は家康の子・徳川義直(九男)のために …

藤堂高虎が豊臣秀長の城造りの築城術の極意を受け継いだ師弟関係

「築城の名手」として江戸城や伊賀上野城を手掛けた藤堂高虎。              ▲伊賀上野城 その圧倒的な技術の原点が、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長にあることをご存知でしょうか。   &nb …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。