美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2017年11月18日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
豊臣秀次が高野山で謀反の疑いをはらすため切腹して潔白を証明したか?
豊臣秀次は、叔父である天下人の太閤秀吉の後継者として栄華を極めながらも、悲劇的な最期を迎えた人物です。 「なぜ秀次は殺されたのか?」「本当に悪人だったのか?」という疑問を …
関ヶ原の戦いは九月十五日東濃の関ヶ原の戦い前哨戦とは
徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が天下を二分して衝突した「関ヶ原の戦い」。 戦国史のクライマックスは関ヶ原ばかりに目が行きがちだが、同時期に東濃地域でも地元の両勢力 …
徳川八代将軍・吉宗は薬として朝鮮人参の栽培を苦肉の策で実験・栽培に成功
将軍・吉宗といえば「暴れん坊将軍」というイメージがあると思います。 何故ならドラマが有名で江戸の町に出て活躍する筋書きですが、実際には、そんなに城から出入りできるわけもないし、吉宗は暴れん坊将軍ではな …
岩村城の祖・加藤景廉が思案六方した腰掛岩とー弁慶杉・鴨長明の言われ
※鎌倉幕府時代と岩村。 この物語はいわむら町まちづくり実行委員会「いわむら昔ばなし余話」から引用し「旅人隆太郎君」が主観でつくった文です。あらかじめご了承ください。 ⬛ …
家康はなぜ浜松城に移ったのか?ーその後の浜松城主たちの出世は
家康は「桶狭間の戦い」は、人質生活から解放されるキッカケとなったが、苦難の道が待ち構えていた。 大高城を離れて大樹寺、岡崎城に戻り、そして今川氏と決別した。 永禄11年( …
2026/05/31
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
2026/05/30
【豊臣兄弟】寧々と慶の「内助の功」とは?天下人を支えた最強の義姉妹コンビの裏話
2026/05/29
【豊臣兄弟の頭脳】両兵衛の絆が生んだ奇跡と、天才軍師の遺志を継いだ「仁王丸」の知られざる戦国秘話
2026/05/26
信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎
2026/05/24
豊臣秀長が京都大仏をわずか10ヶ月で完成!「最高の右腕」の現場力
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村