【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村町歴史の街並は、もともと岩村城を中心に武家屋敷と東西に本通りが造られた。

岩村町の八幡神社・武並神社に神として祀っている景廉・景朝公とは 岩村の町は、下の図のように東西に伸びています。 もともと城が出来る前は、西の方に山上邑がありました。 そこが発祥地のようです。     …

織田信長の叔母が日本三大山城美濃国のおんな城主「おつやの方」と織田家の家系図。

美濃国岩村城の女城主・おつやの方は織田信長の妹お市の方と共に絶世の美女として生まれが、年下の叔母である。     織田信長の叔母のお直の方またはおつやの方は、愛西市の勝幡城で(信長の生まれた …

岩村城の城下は以前は富田地区にあった、天正時代に入って城主・河尻鎮吉が今の城下に移転する。

岩村城・築城は源頼朝の重臣・加藤景廉が望んで貰った東濃地方で荘園所有者になる。 岩村城は別名霧ヶ城ともいわれ、徳川時代には松平三万石の居城で、城は岩村町の東方717mの山の上ある。   &n …

岩村城下町の中心地に枡形地形がある祥雲寺(庚申堂)の三基石仏。地元最古の石像物。

 岩村藩の城下町にある、祥雲寺(庚申堂)にある三基の石造仏。 歴史掘りおこし委員会を参照して文章を作成。 岩村城下町・下木戸の枡形に祥雲寺(庚申堂)があります。     境内には高 …

岩村城の女城主「おつやの方」絶世の美女のため悲劇的な生涯、織田信長と武田信玄に翻弄される。

岩村城またの名を霧ヶ城標高717m・城下町は標高500m〜520mの高低差がある。 岩村城は加藤景廉が鎌倉時代に長男の景朝に築かせたお城です。 上記の加藤景廉をクリックしてもらうと加藤景廉のことが書い …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。

ここには、自己紹介やサイトの紹介、あるいはクレジットの類を書くと良いでしょう。