【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

日本百名城の一つ岩村城までの案内と城下町散策の歴史的建物の説明。

「岩村」駅を降りると岩村城が見える・麓に歴史ある城下町。 岩村町は標高が駅付近で500mから城下町へ登って行くにつれて515mと高低差があり、夜は気温がぐ〜んとさがります。 そんな岩村城は日本百名城の …

岩村城藩主邸跡地の佐藤一斎翁銅像にて小泉元総理も「言志祭」に参列して一斎を偲んだ。

美濃国・岩村城の藩主邸跡地で、佐藤一斎をしのぶ「言志祭」に元首相参列。  平成21年(2009年)10月24日藩主邸跡地に佐藤一斎翁像の前で、没後150年にあたり関係者ら約400人の出席で行われました …

明智光秀が『本能寺の変』で信長を自刃に追い込んだ真実を読み解く書物の正誤は?

明智光秀が足利義昭の家来になるまで、また信長に仕えるまでの経歴。 先ず、光秀の子於隺丸(おづるまる)の子孫、明智憲三郎の書いた「本能寺の変431年目の真実」を参考にしました。日本歴史学会会員。 &nb …

美濃国「岩村城」は標高717mの山城で鎌倉時代に築城された日本100名城の一つ

源頼朝の重臣加藤景廉を祖とする嫡男景朝が標高717mに岩村城を築城 時は平治の乱※1(1150年)保元の乱※2の頃(1156年)の東濃地方は野武士や盗人が奔放※3に振舞っていた時代です。 ※1:平治の …

鎌倉時代にどうして岩村に城が築かれたか?

岩村城に加藤景廉が登場した経緯、源 頼朝から遠州浅羽、伊豆牧之郷等と美濃国岩村の所領を与えられる。   加藤景廉(1166年〜1221年)は平安時代末期から鎌倉時代初期にかけた武将で鎌倉幕府 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。

ここには、自己紹介やサイトの紹介、あるいはクレジットの類を書くと良いでしょう。