美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

「信長の年下の叔母・おつやの方と岩村城の悲劇」信玄の西上作戦に翻弄された女城主

 岩村城の遠山景任と結婚した、一説によると景任24歳、おつやの方は信長の祖父・信定の子で信長の父・信秀と兄妹の関係ですが信長より年下です、 父は織田弾正忠信定。     信定は戦国 …

金ヶ崎の戦いで輝いた秀吉の殿!弟・秀長が兄を救った感動の奮戦記

 豊臣秀長は、まだ最初の頃は小一郎と呼ばれ、兄・秀吉(最初は木下藤吉郎)を陰で支え続けた補佐役だった。     目立つ派手な武功こそ少ないが、歴史を動かす重要な場面で「これは」とい …

山城サミットが2022年10月22・23日に恵那市・岩村町・明智町で開催

山城サミットに訪問いただきありがとうございます。 標高の高い岩村城に築かれた石垣、駆り出された農民たちの苦しみで出来たことに感謝して古城を見てみよう。     いきなりですが、岩村 …

勝者・秀吉の挫折と 蟹江合戦局地戦で敗北直後に書かれた新発見書状の意味

   賤ヶ岳の戦いで秀吉と組んでいた信長の次男・織田信雄が、秀吉の勢力拡大に対して、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信勝が徳川家康に助力を依頼して二手に分かれて戦ったのが「小牧・長久手の戦い」です。 …

徳川将軍家に仕えた岩村町浄光寺の娘・内田けん:老女・桃光院の生涯

  伝記として伝えられている物語るを“いわむら昔ばなし余話”という本にまとめて載っています。     その中の一つ桃光院を紹介します。 岩村城下町から徳川の大奥に勤めていた女性がい …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。