美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

廃藩置県後の岩村城下町は?川を挟んだ侍屋敷と商家の地域

 観光客の多くの皆様は商家の城下町の方を歩いていますが、岩村の町はお城ができて約830年の歴史がある町です。     そのため岩村川を挟んで侍屋敷も幾多の地区にあったし、城山の麓に …

おつやの方は信長の野望のため政略結婚で岩村遠山氏に嫁ぐ

 おつやの方が何歳で岩村城主・遠山景任に嫁いだか記載がないので不明です。 また、遠山景任の方も不明なので、景任の方でおおよその推察はできます。     推測でいうと、遠山景任が父・ …

中山道宿場町の大井宿の横町、本町、竪町、茶屋町、橋場の旅籠配置図

大井宿とは?どのような宿場か? 恵那郡大井村だから岩村領かと思っていたけど、ここだけは違う尾張藩の管轄だった。     中山道の江戸から数えて46番目の宿場、美濃国恵那郡大井宿は尾 …

藤堂高虎が豊臣秀長の城造りの築城術の極意を受け継いだ師弟関係

「築城の名手」として江戸城や伊賀上野城を手掛けた藤堂高虎。              ▲伊賀上野城 その圧倒的な技術の原点が、豊臣秀吉の弟・豊臣秀長にあることをご存知でしょうか。   &nb …

紫式部と彰子の出会いは父・道長によって実現したーそれぞれの3人の関係は

   第56代・一条天皇の后になった藤原定子は、貞元2年(977年)にそして正暦元年(990年)14歳で入内して中宮になったが、父の死と兄の流罪で後ろ盾が亡くなり出家するも一条天皇が呼び戻して定子を寵 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。