美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

徳川家康の側室の一人養珠院・蔭山殿は徳川頼宣・徳川頼房を産む

 徳川家康は多くの側室を持った 家康は今川義元の人質となって、義元の縁者・姪の瀬名姫を正室として結婚をした時は、今川家にいてさすがに側室という訳には行かず遠慮してた家康だが、織田信長による桶狭間の戦い …

義経の愛刀の名前を徹底調査!自害した短刀の名前は?

   源義経といえば、牛若丸。 牛若丸といえば、源頼朝の弟で平家を滅ぼし活躍した人物です。 義経の愛した刀の名前を徹底調査!自害した時の短刀の名前は? その牛若丸の父・源義朝が平治の乱で殺害され、鞍馬 …

上杉家に鬼神ありー謙信に刃向かい、関ヶ原後に上杉家を救った男・本庄繁長

 上杉謙信に逆らってもなお、『武人八幡』と称された上杉の鬼神と恐れられた武将がいた。 その名前は、本庄繁長です。妻は上杉景信の娘。 上杉景信とは、「上田長尾系図」において、上杉謙信の生母(青岩院)の父 …

清和天皇の家系図を辿ると源頼朝・河内源氏に繋がった!

   清和天皇は、先代・文徳天皇の第4皇子として誕生、3人の兄達をすっ飛ばして皇太子になったとき、わずか8ケ月、いくらなんでも無茶すぎますが、当時、藤原氏の時代、母が一族の姫だっため、母方の祖父・藤原 …

源頼朝・足利尊氏もルーツは同じ清和天皇の血を継ぐ第3代の足利義満は日本の王を目指した

 鎌倉時代をつくった源頼朝、源頼朝を四代さかのぼった源義家の九代目の子孫が足利尊氏です。     足利家が武家の名門だったかというと、先祖・足利義兼が源頼朝の従兄弟だったため、足利 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。