美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

中山道宿場町の大井宿の横町、本町、竪町、茶屋町、橋場の旅籠配置図

大井宿とは?どのような宿場か? 恵那郡大井村だから岩村領かと思っていたけど、ここだけは違う尾張藩の管轄だった。     中山道の江戸から数えて46番目の宿場、美濃国恵那郡大井宿は尾 …

『高天神城を制する者は遠州を制す』—家康と勝頼、命運を分けた二度の戦い

 高天神城は現・静岡県掛川市から南へ連なる山地に山城が存在していました。     『高天神城を制する者は遠州を制する』といわれたほど重要な城で、武田氏と徳川氏の争奪戦となった舞台で …

岩村城下町は寺院多いが二代藩主・丹羽氏定が建立した七面山・妙法寺

  岩村城は敵が攻めて来た時、霧ヶ井戸に城内秘蔵の蛇骨を投じるとたちまち山全体が霧に包まれて城を守ったという。 蛇骨は二の丸の宝蔵に収蔵されており虫干しをした記録が残されている。 そのため別名・霧ヶ城 …

岩村城・藩主邸跡に建つ岩村歴史資料館に珍しい目安箱ー岩村城下町一望

 ▲岩村城登城口   岩村町のお城は古く文治元年(1185年)に鎌倉時代に加藤景廉が源頼朝から、この遠山の地に守護・地頭を賜ったのが始まりです。 加藤景廉は源頼朝の信頼が厚く鎌倉にいたため、嫡男・加藤 …

徳川家康と織田信長の関係で苦しくも家宝は寝てまった家康の心境

 若き家康は信長と同盟関係を結んだが、その後どうなって行ったか 気になりませんですか?     苦難の道を歩み続け戦い戦いでボロボロになって城に辿り着き再起をかけた戦いに信長と共に …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。