美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

徳川家康は信玄と密約を結んで掛川城を攻めて無血開城しかし武田と敵対

 応永12年(1405年)以降、遠江守護職は約一世紀にわたり斯波氏が受け継いいた。 ※斯波氏とは、武家・華族だった日本の氏族。斯波氏家は室町幕府将軍足利一門で細川氏・畠山氏と交替で管領に任じられる有力 …

承久の乱で頭角を現した美濃国・岩村城主・遠山景朝と朝敵・一条宰相信能

   遠山景朝は父・加藤景廉の働きで頼朝公より岐阜県恵那郡の遠山荘の地頭を賜ったが、自身は頼朝の意向によって鎌倉に留まって頼朝を助けた。 ▲頼朝が加藤景廉に長刀を渡して、この刀で山木兼隆の首を取ってこ …

『高天神城を制する者は遠州を制す』—家康と勝頼、命運を分けた二度の戦い

 高天神城は現・静岡県掛川市から南へ連なる山地に山城が存在していました。     『高天神城を制する者は遠州を制する』といわれたほど重要な城で、武田氏と徳川氏の争奪戦となった舞台で …

源頼朝より加藤景廉が山木兼隆を討ち恩賞で東美濃の遠山荘を貰う

 東美濃国・遠山荘ってどこにあるんだろうか? 住所は岐阜県恵那郡岩村町(旧)今は恵那市です。   岩村城を築城する前は、山上邑に無頼の輩・野武士・盗賊が多く出ては邑人を困らせていました。 & …

天下統一を狙った織田信長が武田信玄と勢力図拡大図るためおつやの方を利用した

戦国時代の陣取り合戦、真っ只中にいた信長の叔母「おつやの方」の戦いは?        1572年10月、武田信玄が西上作戦を開始すると、秋山虎繁(秋山信友)と山県昌景は別働隊として …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。