美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

関連記事

なぜ茶々だけが秀吉の子を生めたのか?豊臣家の秘密と歴史的背景を徹底解説

 茶々(淀殿)は豊臣秀吉の側室となって、秀吉亡き後出家せずに豊臣家の母となって徳川家康と戦い豊臣家を潰した女性です。 そこには茶々の深い想いがあったかもしれません。     義父・ …

日本三大仇討の一つ伊賀で二十九年目に親・兄の仇を討った石井兄弟

 明治以前は許されていたが、今の世は仇討ちは許されていない。 仇討ちで超有名な話は、浅野内匠頭が殿中で刀を抜いて吉良上野守に切りかかった話などは大方の国民が知っています。     …

岩村城の城下は以前は富田地区にあった、天正時代に入って城主・河尻鎮吉が今の城下に移転する。

岩村城下町は歴史があって、富田地区から現在の城下に移転して、町造 り特に天正疎水を上町から商家地域に引いた武将は、城主になった川尻慎吉です。   岩村城・築城は源頼朝の重臣・加藤景廉が望んで …

波乱の生涯だった家康の生い立ちと天下を取る過程を簡単に説明

 家康は父・松平家第八代の松平広忠17歳と母・於大の方15際のとき三河で生まれ、幼名を竹千代となったが、3歳(実質1歳半)で父が母と離縁した。     母はその後、阿久比城の久松俊 …

秀吉の判断力が狂い始めた—文禄・慶長の役の手紙が語る「晩年の異変」

 国内統一を果たした秀吉が、なぜ、朝鮮に出兵を考えたか? 自分の考えなのか?誰かにそそのかされたのか?     全国の大名を大量動員して、文禄元年(1592年)〜文禄2年(1593 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。