美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

恵那市岩村町の誕生は、山上村の土着農民聚落発祥地があったればこそできた町。

我が故郷のことなのに、歴史を知らずに県立岩村高校を出て、いままで何も地元の歴史を知らぬまま卒業したことが情けない。 あらためて本を読んだりして少しでも知ろうと努力した結果、岩村の町は西に位置する山上村 …

頼朝の愛妾亀の前後妻打ちで政子の嫉妬心表面化

 頼朝の女好きが政子を恐妻にしてしまった。 ”鎌倉殿の13人“で、亀の前と頼朝が深い関係であったと記憶してしている方が多いと思いますが、どいう女性だったのか、あまり深くは知らない。   そこ …

若き信長と剣豪将軍・足利義輝の20代同士の邂逅が運命を交差した瞬間

織田信長と足利義輝が謁見した、永禄2年に若き2人が交わした「最初で最後の約束」とは何だったのか。タイトルの邂逅(かいこう)の意味は、思いがけなく会うこと。めぐりあい。 織田信長が初めて上洛した時期は、 …

秀吉の判断力が狂い始めた—文禄・慶長の役の手紙が語る「晩年の異変」

 国内統一を果たした秀吉が、なぜ、朝鮮に出兵を考えたか? 自分の考えなのか?誰かにそそのかされたのか?     全国の大名を大量動員して、文禄元年(1592年)〜文禄2年(1593 …

織田信長も認めた豊臣秀長の真の実力!「失態ゼロ」の補佐官が受けた高評価と爆速出世の裏側

織田信長の家臣として農民から天下人へと駆け上がった豊臣秀吉。 その「爆速出世」の裏には、常に影のように寄り添い、出しゃばらず実務を完璧にこなした弟・豊臣秀長の存在がありました。 歴史学者の柴裕之氏らの …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。