美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

一条天皇の母は藤原詮子〜中宮定子と中宮彰子の関係は?

 一条天皇は、円融天皇の第一皇子、天元3年(980年)6月1日に誕生し、母は藤原兼家の娘・藤原詮子※1(後に東三条院)。     諱は懐仁(やすひと)で、永観2年(984年)従兄弟 …

鎌倉七口切通し道は敵の侵入を防御するために考えられた路

 鎌倉は南に海・北東西は山に囲まれ狭い地形だから、頼朝は鎌倉幕府を創ったんだろうか?     都は疫病が蔓延していて行きたくなかったか? 慣れ親しんだ湘南地方だから鎌倉に置いたんだ …

勝者・秀吉の挫折と 蟹江合戦局地戦で敗北直後に書かれた新発見書状の意味

   賤ヶ岳の戦いで秀吉と組んでいた信長の次男・織田信雄が、秀吉の勢力拡大に対して、羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と織田信勝が徳川家康に助力を依頼して二手に分かれて戦ったのが「小牧・長久手の戦い」です。 …

鎌倉幕府の開創から徳川時代に至るまでの『岩村城の城郭の構造と藩主邸。』

恵那市岩村町ってどんなとここ? そんなに古い歴史の町? お城「岩村城」があったの?と思われる方がいることでしょう。   ここが城山の麓の藩主邸跡です。 昔は野球場と言って使って、年に一回のイ …

大給松平宗家は「十四松平」の一つ徳川家康は東美濃岩村藩を置いた

 武家の家が発展するには、分家が欠かせない、例えば、室町幕府を開いた足利尊氏は、清和源氏の流れを汲み、足利(現・足利市)に地名の足利の姓で本拠を置いた。     でも、松平氏の場合 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。