美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

紫式部と彰子の出会いは父・道長によって実現したーそれぞれの3人の関係は

   第56代・一条天皇の后になった藤原定子は、貞元2年(977年)にそして正暦元年(990年)14歳で入内して中宮になったが、父の死と兄の流罪で後ろ盾が亡くなり出家するも一条天皇が呼び戻して定子を寵 …

岩村城は加藤景廉の嫡男・遠山景朝が築き遠山十八支城になる

   岩村城は誰が築いたか? 地の利もよく東へ行けば信州、南へ行けば三河、西へ行けば尾張と交通の要でした。 ▲岩村遠山氏を中心に信州・尾張・三河を分かりやすくしました。   岩村遠山氏は戦国 …

源氏物語の誕生の訳は夫の死を契機に描き始めた一大小説だった

   みなさん、こんにちは源氏物語は紫式部がいつ頃執筆し始めたか? 興味ありませんか?     源氏物語は、作者・紫式部の、夫・藤原宣孝が、長保3年(1001年)に当時都で流行って …

北条義時の死因は!暗殺か?享年62歳で急死 した

北条義時が元仁元年(1224年)6月13日に62歳の生涯を閉じた。『吾妻鏡』によると‥     【原文】前奥州病痾已及獲麟之間。以駿河守爲使。被申此由於若君御方。就恩許。今日寅尅。 …

源氏累代の御家人・加藤景廉が初戦で山木兼隆を討ち武功を挙げる

   我が故郷の岩村城の祖である、加藤景廉は源頼朝の挙兵以来の御家人として活躍、頼朝から遡(さかのぼる)ること5代前の河内源氏の棟梁・源朝義②に祖父・藤原景道が仕えて以来の累代の家来の家系でもあります …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。