美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

信長は天皇に無断で切った?正倉院の秘宝「蘭奢待」を織田信長が手に入れた本当の理由

「天下第一の名香」と称され、正倉院に大切に保管されてきた伝説の香木「蘭奢待(らんじゃたい)」。   室町幕府を事実上滅ぼした織田信長は、この正倉院の秘宝を大胆にも切り取り、自らの権力を天下に …

岩村城主遠山景任、おつやの方を正室に娶り(めとり)二人の間には姫がいた。

一般的には遠山景任とおつやの方の間に子はいないと知られている。 が・・・まさか?と思われるが実は姫がいた! それも美形の姫がいた、その姫は淵に身を投げた。     戦国時代の女性は …

豊臣家の滅亡崩壊はここから始まった——秀長の死が豊臣政権の終わりの始まり

  豊臣政権の天下が絶頂に達した、天正19年(1591年)に、秀吉の最重要人物の弟・豊臣秀長が同年1月22日に郡山城内で病のため静かにこの世を去った(享年52歳)。     温厚で …

「中国大返し・美濃大返しはなぜ可能だった?秀吉の凄まじい軍指揮と兵站術を解説」

羽柴秀吉が歴史的な大転換点で見せた「中国大返し」と「美濃大返し」。     単なる「兵をがむしゃらに走らせた」「湯水のように金を使った」というイメージで語られがちですが、実はその裏 …

遠山氏は美濃東部の岩村城に本拠地を置き菩提寺大圓寺に希庵和尚を迎える

  建武2年(1335年)に岩村城主の遠山三郎が、遠山一族の総力を結集して菩提寺の大圓寺を建立した。 大圓寺は、建武2年(1335年)から戦国時代の末期の元亀3年(1572年)まで美濃国恵那 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。