美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

比企能員は頼家の乳母父だが3代将軍を巡って北条氏と対立して滅亡

 鎌倉幕府、第2代将軍・源頼家の時、比企能員は、13人の合議制の一人となった。     初代将軍・源頼朝を支えたが51歳で急死、2代将軍・源頼家の乳母父のため頼家を支えて権勢を握っ …

荒木村重の謀反で黒田官兵衛が幽閉!信長に誤解された忠義の軍師 !

 信長の家臣・荒木村重が謀反を起こした時期は、織田信長は天正6年(1578年)には、播磨平定半ばで嫡男・織田信忠を大将にし石山本願寺へ攻撃をかけさせた。     第二次上月城の戦い …

徳川家康のあだ名が「タヌキ親父」と呼ばれる由来は

 世間一般に徳川家康の事をタヌキ親父というあだ名で呼ぶようになったか? その由来は・・・   なぜ、そう呼ぶのか?どのような意味や語源があるのだろうか?そもそもタヌキという言葉にはどのような …

伊賀越えは茶屋四郎次郎の情報網がなければ徳川家康の天下取りもなかったかも・・

 茶屋四郎次郎と家康の関係は、とても深い関係です。 NHKの大河ドラマを観られた方も多いと思いますが、これからどんどんと深みにはまっていきます。     Yahoo!の知恵袋見てた …

三方ヶ原の戦いはなぜ起きたか?同盟同士の信玄と家康が共に不信を抱いた

 甲斐国の武田信玄と駿河の国の今川氏と同盟を結んでいたが、父・義元の死によって遠江の国衆たちが今川に叛き混乱状態となった。     このことにより、信玄が今川領に対する野心が生まれ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。