美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

応仁の乱を皮切りに戦国時代の前哨戦となるか?細川・山名両氏の戦いで火蓋をきる

  日本には戦国時代と呼ばれる時代がありました。 特に人気の高い時代です。 ですが、歴史区分に戦国時代っていう区分はありません。     日本には、縄文時代→弥生時代→古墳時代(大 …

女城主おつやは降伏の条件で敵将に求婚された絶世の美女長良川で磔死

   こんにちは岩村町出身の歴史好きの隆太郎です。  岩村町には、今から約830前の鎌倉時代からの岩村城の歴史が残っています。     例えば、加藤景廉が山上村の邑長と会って、思案 …

岩村城は鎌倉時代に守護職・地頭を任される景廉からー戦国時代・そして徳川時代

  【加藤景廉】平安時代末期から鎌倉時代初期の武将。鎌倉幕府の御家人。 藤原利仁の流れを汲む加藤景員の次男。                                     …

一条天皇の母は藤原詮子〜中宮定子と中宮彰子の関係は?

 一条天皇は、円融天皇の第一皇子、天元3年(980年)6月1日に誕生し、母は藤原兼家の娘・藤原詮子※1(後に東三条院)。     諱は懐仁(やすひと)で、永観2年(984年)従兄弟 …

豊臣秀次が高野山で謀反の疑いをはらすため切腹して潔白を証明したか?

 豊臣秀次は、叔父である天下人の太閤秀吉の後継者として栄華を極めながらも、悲劇的な最期を迎えた人物です。     「なぜ秀次は殺されたのか?」「本当に悪人だったのか?」という疑問を …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。