美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

水戸藩士の天狗党が集結して中山道大井宿に現れ南下一橋慶喜によて終結

 天狗党の乱は、元治元年(1864年)に筑波山で挙兵した水戸藩内外の尊王攘夷派(天狗党)によって起こされた一連の争乱。   ▲回天神社(天狗党の乱参加者が越前敦賀で降伏した後に囚われた鰊倉( …

岩村城の門跡を見るなら一の門から土岐門をまずみよう

 岩村城は、岩村駅を降りると東に見える山が城山です海抜717mにあります。     頂上は夏の夜は焚き火をしなければ寒いくらいです。 学生の頃よく登ったりして遊んでいました。 &n …

「陰の天下人・豊臣秀長:知略と実務で天下統一を支えた男」

   世に名将あり、名参謀ありと呼ばれる人物は沢山いますが、名補佐役といわれる人物は極めて少ないと思います。     自分の器でトップになって会社を切もりしてやっていきたいと思う人 …

承久の乱で頭角を現した美濃国・岩村城主・遠山景朝と朝敵・一条宰相信能

   遠山景朝は父・加藤景廉の働きで頼朝公より岐阜県恵那郡の遠山荘の地頭を賜ったが、自身は頼朝の意向によって鎌倉に留まって頼朝を助けた。 ▲頼朝が加藤景廉に長刀を渡して、この刀で山木兼隆の首を取ってこ …

豊臣秀長を支えた正室と側室――慈雲院と興俊尼の伝承

   秀吉の弟・豊臣秀長の正室はどんな人? 兄・秀吉の正室は、寧々(ねね)北政所で淀殿は側室(信長の姪、妹・お市の方の娘)だという事は皆さんご存知でしょう。     だけど弟・秀長 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。