美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

江戸城を築城した太田道灌はなぜ?主君に殺されたか悲運の武将

 戦国一の智将とも称される太田道灌。 彼の功績は、同時代を生きた他の誰とも比べられないほど輝かしいものでしたが、彼の聡明すぎる頭脳と自己顕示欲は、自身の破滅を招いたひとつの要因だったと言えるでしょう。 …

初代・徳川家康から15代・徳川慶喜まで徳川将軍の死因と年齢

 徳川家康から始まる徳川幕府は慶長8年(1603年)から慶応3年(1867年)まで15代の徳川慶喜まで、およそ265年続いた。     その間もっとも長命なのは最後の将軍である徳川 …

岩村町の三森山は信仰の山、救いを求めた大圓寺・富田地区の住民たち、恵那山と天照大神。

三森山は町民の信仰の山、岩村城と並んで立っている。   その岩村町三森神社の由来と恵那山の由来。   三森神社のことを地元(現・岩村町富田)の人は、”三森さん“;とこんなふうに呼ん …

織田家筆頭・佐久間信盛の追放劇のリストラが招いた本能寺の変

 織田家の筆頭家老・佐久間信盛の追放劇が、当時の織田家臣団にどれほどの衝撃を与えたか? 『織田家の筆頭家老が突然のクビ?信長が突きつけた「19ヶ条の折檻状」が現代のブラック企業よりエグい件で「昨日まで …

金ヶ崎の戦いで輝いた秀吉の殿!弟・秀長が兄を救った感動の奮戦記

 豊臣秀長は、まだ最初の頃は小一郎と呼ばれ、兄・秀吉(最初は木下藤吉郎)を陰で支え続けた補佐役だった。     目立つ派手な武功こそ少ないが、歴史を動かす重要な場面で「これは」とい …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。