美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

徳川慶喜の家系図と正室・有栖川宮の娘美賀君と渋沢栄一の関わり

  徳川幕府・最後の将軍・第15代征夷大将軍・徳川慶喜(在職:慶応2年12月5日(1867年1月10日)〜慶応3年12月9日(1868年1月3日))ことを、知っていそうで、あまり知らないという方がいる …

岩村城藩主邸跡地の佐藤一斎翁銅像にて小泉元総理も「言志祭」に参列して一斎を偲んだ。

美濃国・岩村城の藩主邸跡地で、佐藤一斎をしのぶ「言志祭」に元首相小泉純一郎も参列しました。      平成21年(2009年)10月24日藩主邸跡地に佐藤一斎翁像の前で、没後150 …

初代・徳川家康から15代・徳川慶喜まで徳川将軍の死因と年齢

 徳川家康から始まる徳川幕府は慶長8年(1603年)から慶応3年(1867年)まで15代の徳川慶喜まで、およそ265年続いた。     その間もっとも長命なのは最後の将軍である徳川 …

岩村城の女城主「おつやの方」は甥の信長に政略婚に使われ非業の最期遂げる

   おつやの方が嫁いだ岩村城の築城は古く、鎌倉時代に源頼朝の重臣・加藤景廉が恵那郡の守護を任され嫡男・加藤景朝(後に遠山に改名)が築城した山城です。     初代・遠山景朝の長男 …

織田信長、天下布武への第一歩:足利義昭を奉じて京都へ凱旋する

 どうして足利義昭は織田信長に上洛を頼んだか? 義昭は将軍職うを継ぐ正当な権利を持っていましたが、実力者の後ろ盾なければ京都にも入ることも将軍になることもできない状態だった。   &nbsp …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。