美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2018年6月25日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
鎌倉武士の鏡・畠山重忠!義父・北条時政の策略にはまって一族滅亡する
北条時政は、主君・源頼朝亡き後、今まで忠臣を貫いてきたが、後妻・牧の方に操られ権力の牙をムクムクと剥いてきた。 正治2年(1200年)梶原景時を追放、建仁3年(1203年 …
江戸時代に創設された恵那三十三霊場をぶらっと遍路して心身共にリフレッシュ、No2
春に行けなかった、残り第1番から第10番と客番2寺を紹介します。 以下、恵那三十三霊場の第1番〜第10番と客番※1。 恵那の恵那三十三霊場を1日で廻るのは、車で走ってお参りをして来るなら廻れるけど …
岩村城の最前線だった飯場間城の遠山氏が苗木へ入城 Part2
恵那の遠山諸氏が室町幕府の奉公衆※1であった時代、苗木、明知、岩村以外に飯場、櫛原、阿木、馬籠、藤などの遠山氏がいた。 ※1.奉公衆とは、室町幕府に整備された室町官職の一つである。将軍直属の軍事力 …
関ヶ原の戦いは九月十五日東濃の関ヶ原の戦い前哨戦とは
徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が天下を二分して衝突した「関ヶ原の戦い」。 戦国史のクライマックスは関ヶ原ばかりに目が行きがちだが、同時期に東濃地域でも地元の両勢力 …
細川ガラシャ越前国から細川家に嫁いでキリシタンに染まるまでの人生
細川玉(ガラシャ※1)はどこで生まれたか? ※1.ガラシャというように呼ぶようになったのは、明治期にキリスト教徒などが彼女の洗礼名をとって「細川ガラシャ」と呼ぶようになり、現在でもこのように呼ばれる場 …
2025/03/20
太閤秀吉の天下人にものいえる補佐役・豊臣秀長No.2の出世術
2025/03/14
’26大河ドラマ「豊臣の兄弟」の豊臣秀長と豊臣秀吉と朝日姫は実父母の子か?
2025/03/10
家康が名刀 童子切安綱を次男・義伊松に餞別に渡したとされるが行方は?
2025/03/07
【悲運】家康の次男・結城秀康が将軍になれなかった背景
2025/03/01
先代5藩主たちの浪費が招いた財政難を若き上杉鷹山たちが改革
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村