美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

荒木村重の謀反で黒田官兵衛が幽閉!信長に誤解された忠義の軍師 !

 信長の家臣・荒木村重が謀反を起こした時期は、織田信長は天正6年(1578年)には、播磨平定半ばで嫡男・織田信忠を大将にし石山本願寺へ攻撃をかけさせた。     第二次上月城の戦い …

紫式部と藤原道長の出会いは架空の恋か歴史の真実の恋か

   紫式部と藤原道長の出会いは架空の恋か歴史の真実の恋かを検証したいと思います。     藤原道長と『源氏物語』の作者・紫式部との恋は架空の恋か? 歴史の真実で、愛人関係にあった …

岩村城の石垣は阿木川から持ってきて六段壁・本丸・出丸作った

 岩村城の案内をすると、岩村城の規模は一の門内の本城のみをいうと周囲1,2 55m、本丸は東西31m、南北66m。     二の丸は東西58m、南北63mあり、他に出丸、東曲輪、帯 …

鎌倉幕府の滅亡​​​​と南北朝そして室町幕府の始まり

鎌倉幕府の滅亡のきっかけは、 天に守られている大蒙古国の皇帝から日本国王にこの手紙を送る、といって手紙が送られてきた。     その手紙の内容は、 昔から国境が接している隣国同士は …

淀殿はなぜ悪女と言われる?豊臣を滅ぼした理由と隠された真実とは

「豊臣家を滅ぼした戦犯」「プライドの高い傲慢な女」……。 歴史上、淀殿(茶々)ほど「悪女」というレッテルを貼られ続けてきた女性はいないかもしれません。     しかし、彼女は本当に …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。