美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

水戸藩士の天狗党が集結して中山道大井宿に現れ南下一橋慶喜によて終結

 天狗党の乱は、元治元年(1864年)に筑波山で挙兵した水戸藩内外の尊王攘夷派(天狗党)によって起こされた一連の争乱。   ▲回天神社(天狗党の乱参加者が越前敦賀で降伏した後に囚われた鰊倉( …

織田政権の出世頭はやはり『豊臣橋』だった?秀吉と秀長の知行高を徹底検証

織田政権の中で、最も急激にかつ異例の出世を遂げたのは「豊臣兄弟」です。 これは、知行高の推移を見ればほぼ間違いないでしょう。 ただし重要なのは、最初から秀吉は重臣だったのではなく、兄弟セットで上役には …

武田信玄の西上作戦で家康軍との「一言坂の戦い」「二俣城の戦い」とは

こんにちは、歴史好きの中年のオジンですが、我が故郷は美濃国岩村です。   最近テレビは時代劇か歴史探訪の番組しか観ません。 作家の佐伯泰英先生の小説が好きで読んでいますが、その中で岩村のこと …

織田信長も認めた豊臣秀長の真の実力!「失態ゼロ」の補佐官が受けた高評価と爆速出世の裏側

織田信長の家臣として農民から天下人へと駆け上がった豊臣秀吉。 その「爆速出世」の裏には、常に影のように寄り添い、出しゃばらず実務を完璧にこなした弟・豊臣秀長の存在がありました。 歴史学者の柴裕之氏らの …

【悲運】家康の次男・結城秀康が将軍になれなかった背景

こんにちは隆太郎です。 皆さんもご存じのように、家康の長男は信康、信康は正室・瀬名から生まれたが父親に命を奪われた。     三男の・秀忠が生まれた年は、天正7年(1579年)で、 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。