美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

武田信玄の西上作戦で家康軍との「一言坂の戦い」「二俣城の戦い」とは

こんにちは、歴史好きの中年のオジンですが、我が故郷は美濃国岩村です。   最近テレビは時代劇か歴史探訪の番組しか観ません。 作家の佐伯泰英先生の小説が好きで読んでいますが、その中で岩村のこと …

岩村城の最前線だった飯場間城の遠山氏が苗木へ入城 Part1

遠山氏とは、源頼朝の重臣・加藤景廉(藤原利仁の子孫)が功績を残し、文治から建久(1185年〜1198年)の頃に遠山荘(現・恵那市・中津川市・瑞浪市の一部)を与えられたのが始まりで嫡男の景朝が築城する。 …

貧乏小大名家康から総資産日本一の遺産・資産家になった徳川家康

 徳川家康は、日本史上最大の資産家、ではどのようにして大金持ちになったか?     関ヶ原の戦いや大阪の陣で勝利した後に、全国の主要な金山・銀山を直轄地にしたこと。 例えば、かの有 …

鎌倉幕府の滅亡​​​​と南北朝そして室町幕府の始まり

鎌倉幕府の滅亡のきっかけは、 天に守られている大蒙古国の皇帝から日本国王にこの手紙を送る、といって手紙が送られてきた。     その手紙の内容は、 昔から国境が接している隣国同士は …

応仁の乱が幕開け戦国時代の始まりとなった東軍・細川勝元&西軍・山名宗全が激戦

 応仁の乱とは、室町時代に日本で起こった内乱の一つです。 室町幕府の将軍後継や有力大名の家督争いに端を発し、東軍に細川勝元・西軍に山名宗全ら諸大名が分かれ10年以上に亘って京都を中心に戦を繰り広げた無 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。