美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康が名刀 童子切安綱を次男・義伊松に餞別に渡したとされるが行方は?

 天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦い後、調和条件として秀吉のもとへ養子を差し出すことになった家康。   当初は、家康の異父弟にあたる松平定勝(実母・於大の方と再婚した久松俊勝の子) …

天空の山城・岩村城の魅力!石垣と歴史が語る日本三大山城を訪ねて

 岩村城が、なぜ「日本三大山城」に選ばれたのか? それは標高717mに築かれた山城だからです。   日本三大山城の条件として、株式会社 新人物往来社※1「日本城郭大系」※2の中に記述があり、 …

関ヶ原の戦いは九月十五日東濃の関ヶ原の戦い前哨戦とは

 徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が天下を二分して衝突した「関ヶ原の戦い」。     戦国史のクライマックスは関ヶ原ばかりに目が行きがちだが、同時期に東濃地域でも地元の両勢力 …

藤原為時が道長に越前国府に任命され同行紫式部は一足早く京へ戻った理由

 紫式部は970年代(生没年はハッキリしていない為、天禄4年/天延元年)頃に、中流貴族・藤原為時の娘として生まれました。     学者の家系に生まれ漢籍の知識豊かな女の子と成長して …

松平元康(家康)大高城から逃れて必死でたどり着いた大樹寺

   主君・今川義元が尾張国の織田信長に討たれ、残党狩で信長軍に追われた元康軍は勇み岡崎城へ帰還する前に安祥松平氏の菩提寺である・大樹寺へと足を向けた。 では大樹寺とは誰が建立した菩提寺なのか? &n …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。