【日本三大山城】岩村城の歴史

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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徳川時代によく使われる、(大給という言葉の)大給とは? 大給城(おぎゅうじょう)は、現在の愛知県豊田市大内町にあった山城。   築城主は長坂新左衛門、築城年は15世紀末頃、主な城主:大給松平 …

織田信長が岩村城を落としたことを喜んで、徳川家康に出した 黒印状で真実がでた。

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遠山景任亡きあと織田信長・武田信玄が狙った重要拠点の美濃国岩村城へのアクセス

   ※鎌倉幕府時代と岩村。 この物語はいわむら町まちづくり実行委員会「いわむら昔ばなし余話」から引用し「旅人隆太郎君」が主観でつくった記事です。あらかじめご了承ください。     …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。

ここには、自己紹介やサイトの紹介、あるいはクレジットの類を書くと良いでしょう。