美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村藩主の松平乗寿は城の鎮護と領民の安泰繁栄を祈願した千体仏を建立

 岩村町の岩村城は歴史ある城で、日本三大山城です。 徳川幕府になって初代松平家乗が入封して、2代目松平乗寿が千体仏を建立したと言われています。   その千体仏のある丘に、子供の頃”千体仏様“ …

豊臣秀長(小一郎)は信長から褒美をもらった?「ハゲネズミ」の兄・秀吉を支えた100万石の正体と信長の評価<

信長は、秀吉より弟・小一郎の方が使えると確信していった。 小一郎(豊臣秀長)は信長から褒美をもらった?直接は貰っていませんが、信長は、小一郎の但馬統治を見て『こいつは使える』と確信した。 それが後の1 …

秀吉の誘いを「武装姿で鉄砲」で謁見返した女 ! 天下人が唯一恐れた姫君

立花誾千代は「西国無双」※1と称された立花宗茂の妻、彼女自身が凄まじい「武」のオーラを纏った稀代の女性です。          ▲イメージ写真   彼女の人生は、単なる「武家の妻」 …

家康はなぜ浜松城に移ったのか?ーその後の浜松城主たちの出世は

 家康は「桶狭間の戦い」は、人質生活から解放されるキッカケとなったが、苦難の道が待ち構えていた。     大高城を離れて大樹寺、岡崎城に戻り、そして今川氏と決別した。 永禄11年( …

岩村城下町の中心に枡形地形がある祥雲寺(庚申堂)の三基石仏。地元最古の石像物。

岩村名物「水半漬物販売店」の前の桝形地形、岩村町の中心場所。 そういえば岩村警察があった、当時商店街にはネオンサインがキラキラと灯っていた。   その反対側には昔から「八日ゑびす」をやるお宮 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。