美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

なぜ田沼意次は悪人と呼ばれたのか?再評価される改革者

 江戸時代中期、中期とは、第八代将軍・吉宗・第九代将軍・家重の在職(延享2年・1745年に就任し宝暦10年・1760年までの在職期間15年)の遺言で、第十代将軍・家治の在職は(宝暦10年・1760年か …

岩村城・徳川時代の歴代藩主:松平家乗・松平乗寿・丹羽氏信・松平乗紀など

 岩村城は武田信玄と織田信長の戦いがあったことは、地元だから何となく聞いて知って過ごしてきました。   関ヶ原の戦い後のことは、お城山のことは、興味も無かったから知らなかった。   …

秀吉の判断力が狂い始めた—文禄・慶長の役の手紙が語る「晩年の異変」

 国内統一を果たした秀吉が、なぜ、朝鮮に出兵を考えたか? 自分の考えなのか?誰かにそそのかされたのか?     全国の大名を大量動員して、文禄元年(1592年)〜文禄2年(1593 …

源氏累代の御家人・加藤景廉が初戦で山木兼隆を討ち武功を挙げる

   我が故郷の岩村城の祖である、加藤景廉は源頼朝の挙兵以来の御家人として活躍、頼朝から遡(さかのぼる)ること5代前の河内源氏の棟梁・源朝義②に祖父・藤原景道が仕えて以来の累代の家来の家系でもあります …

江戸を震撼させた忠孝の鏡と称された江戸時代の美談!石井兄弟・源蔵と半蔵の仇討ち

 日本三大仇討ちはご存じでしょうか? 一つは、鎌倉時代の「曽我兄弟の敵討ち」内容は富士の鷹狩りで工藤祐経討った事件です。     もう一つは、寛永11年(1634年)の「鍵屋の辻の …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。