美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

豊臣秀長の妻は安藤守就の娘か?竹中半兵衛との義兄弟説に迫る戦国秘話

– [ ] . 安藤守就(あんどうもりなり)という人物は、斎藤道三・義龍・龍興から織田信長へと2代の主君に仕えた武将。 主君の変遷※1と共に生き、時に忠義と裏切りの狭間で苦悩しながらも、美 …

桶狭間の戦いは織田信長と今川義元との死闘の合戦はどういう理由で始まったか?

 永禄3年(1560年)上洛を目指して尾張に侵入した今川義元を、織田信長が雨の降る豪雨の中奇襲をかけて倒したと考えられています。 これが一般に知れ渡っている通説だと思います、   &nbsp …

江戸時代財政改革にあった上杉鷹山・田沼意次・松平定信!三者三様の改革は何が違ったか?

 なぜ、財政改革をやった、上杉治憲(鷹山)だけが「名君」と呼ばれるのか?   江戸時代の中期とは、(一般的に17世紀後半の元禄期(1690年頃から)、18世紀後半の田沼時代・天明期(1780 …

平家を滅亡させた源頼朝が鎌倉幕府を開いた理由は?武家政権と統治機構

「平家にあらずんば人にあらず」という言葉を知っている方は多いと思いますが、この言葉を発したのが平清盛か平時忠(姉は清盛の継室※1、しかも妹が後白河上皇妃ということで、結構な発言力を持ち、出世もどんどん …

黒田騒動のお家騒動は家老・栗山大膳や重臣等が幕府に訴えた事件

 慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いで活躍した、黒田官兵衛の長男・黒田長政は関ヶ原の功績を買われて豊前中津12万石(大分県)から52万石に加増され筑前国に入ります。     黒田長 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。