美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2021年6月15日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
岩村城下町の歴史は天正のはじめに城下を移転した理由
現在ある岩村城下町は天正4年ごろ、信長の臣・河尻慎吉によって移動計画が実地されました。 城下町とは、領主の居城を中心における都市の形態の一つであって、それを移転させる決断 …
波乱の生涯だった家康の生い立ちと天下を取る過程を簡単に説明
家康は父・松平家第八代の松平広忠17歳と母・於大の方15際のとき三河で生まれ、幼名を竹千代となったが、3歳(実質1歳半)で父が母と離縁した。 母はその後、阿久比城の久松俊 …
桶狭間の戦いは織田信長と今川義元との死闘の合戦はどういう理由で始まったか?
永禄3年(1560年)上洛を目指して尾張に侵入した今川義元を、織田信長が雨の降る豪雨の中奇襲をかけて倒したと考えられています。 これが一般に知れ渡っている通説だと思います、   …
東美濃の山城・大井城は二つどっちがどっち鷹撃谷城と大井城
東美濃どこからどこまでをいうんだろう? 東濃地区というと、どこからどこまでをいうんだろう? 岐阜県内でいうと、一般的には、東濃地区というと多治見市から中津川市の辺りを言う …
家康が将軍職を秀忠に譲って駿府城をなぜ最後の棲家にしたのか?
慶長10年(1605年)4月16日に家康は、側室・お愛の方との間に生まれた三男・秀忠に将軍職を譲り駿府に引っ込んでしまった? せっかく天下統一を果たした家康なのに最後まで …
2026/06/03
武田信玄が晩年の病に抗った「隠し湯」の謎|、天下人が命を託した3つの名湯
2026/05/31
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
2026/05/30
【豊臣兄弟】寧々と慶の「内助の功」とは?天下人を支えた最強の義姉妹コンビの裏話
2026/05/29
【豊臣兄弟の頭脳】両兵衛の絆が生んだ奇跡と、天才軍師の遺志を継いだ「仁王丸」の知られざる戦国秘話
2026/05/26
信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村