美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康の先祖・始祖の松平親氏と清和源氏がどう結びつくか?

 豊田市松平町赤原13の松平東照宮に行くと立派な建物があります。 そこには、徳川家康と松平氏の始祖・松平親氏を祀る神社「松平東照宮」があります。           ▲松平東照宮    ▲家康が産湯を …

秀長が見抜いた「最高の右腕」藤堂高虎|七度主君を変えた男を繋ぎ止めた絆

藤堂高虎は、もともと多くの主君を渡り歩いた武将でしたが、豊臣秀長にその才能を見出されて仕官したことで、人生の大きな転機を迎えました。 秀長は高虎を「ただの武闘派ではなく、実務や築城にも長けた逸材」とし …

家臣団に嫌われるも徳川家康と本多正信との関係は良好だったは何故か?

 本多正信は通称を弥八郎と呼ばれていた。 正信の父は本多俊正で、もともと松平家の重臣・酒井忠尚の下で働いていた、忠尚が謀反を起こしたために、共に家康と戦うこともあったが、永禄7年(1564年)9月に俊 …

秀吉の播磨攻め「はりつけ」の惨劇。上月城の虐殺が招いた別所の謀反

 「人たらし」の笑顔に隠された、戦慄の狂気――。 豊臣秀吉といえば、あなたの中にどんなイメージが浮かぶでしょうか? 「農民から天下人へ上り詰めた、戦国一の出世頭」 いつも笑顔を絶やさず、敵の心すら掴ん …

女城主おつやは降伏の条件で敵将に求婚された絶世の美女長良川で磔死

   こんにちは岩村町出身の歴史好きの隆太郎です。  岩村町には、今から約830前の鎌倉時代からの岩村城の歴史が残っています。     例えば、加藤景廉が山上村の邑長と会って、思案 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。