美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

岩村城下町は寺院多いが二代藩主・丹羽氏定が建立した七面山・妙法寺

  岩村城は敵が攻めて来た時、霧ヶ井戸に城内秘蔵の蛇骨を投じるとたちまち山全体が霧に包まれて城を守ったという。 蛇骨は二の丸の宝蔵に収蔵されており虫干しをした記録が残されている。 そのため別名・霧ヶ城 …

江戸時代財政改革にあった上杉鷹山・田沼意次・松平定信!三者三様の改革は何が違ったか?

 なぜ、財政改革をやった、上杉治憲(鷹山)だけが「名君」と呼ばれるのか?   江戸時代の中期とは、(一般的に17世紀後半の元禄期(1690年頃から)、18世紀後半の田沼時代・天明期(1780 …

日本三大山城の一つ岩村城の始まりは加藤景廉、遠山氏以降の城主と登ってみたい本丸まで。

岩村城へ登には、岩村町の東側にある山を目指して行けば行けます。 入り口には資料館と佐藤一齋の銅像、その上に行くと下田歌子・三好学の銅像があります。   藤坂から本丸までの道案内。 &nbsp …

遠山氏の明知城は景朝の次男・遠山景重が築城し末裔に遠山金さん現れる

 いきなり遠山景朝といっても、この人物は何者じゃと思いますよね。 美濃国岩村城の祖は加藤景廉ですが、景廉が頼朝より恵那地方の遠山荘の地頭に捕されたので、景廉に代わり、その岩村に来て住んで城を築いたのが …

飯高観音は恵那市にあり平安時代に修験道の寺として開基されてた厄払い寺

恵那の岩邑小学校の頃遠足というと「飯高山詣で」でした。 いま思うと近いとこだな〜車ならすぐです。   飯高山は岩村町と山岡町の接する住所で馬場山田というぐらいだから岩村城の馬に関係してた所じ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。