美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

清和天皇の家系図を辿ると源頼朝・河内源氏に繋がった!

   清和天皇は、先代・文徳天皇の第4皇子として誕生、3人の兄達をすっ飛ばして皇太子になったとき、わずか8ケ月、いくらなんでも無茶すぎますが、当時、藤原氏の時代、母が一族の姫だっため、母方の祖父・藤原 …

鎌倉七口切通し道は敵の侵入を防御するために考えられた路

 鎌倉は南に海・北東西は山に囲まれ狭い地形だから、頼朝は鎌倉幕府を創ったんだろうか?     都は疫病が蔓延していて行きたくなかったか? 慣れ親しんだ湘南地方だから鎌倉に置いたんだ …

no image

武田信玄×織田信長の戦いの場であった美濃国岩村城とは?

こんにちは、隆太郎です。 生まれ生国は美濃国岩村城下町。岩村高校を卒業するまではお城山には無関心でした、ある時期歴史に関心を持ち始めました。           なぜ女城主なんだろ …

恵那市岩村町の城下町にある“かんからや”の「かんから餅」の名付けの由来

 岩村に来たら“かんから餅”を食べて行かないと岩村に来た気がしない。 岩村町には岩村城の歴史あります。     どんな歴史があるかというと、鎌倉時代に加藤景廉が源頼朝によって恵那郡 …

淀殿と豊臣家の滅亡|もし豊臣秀長が生きていたら徳川幕府はなかった?

豊臣秀長が長生きていたら天下を左右した参謀の可能性があるかもしれない?徳川幕府もなかったかもしれない?     小一郎(豊臣秀長)は、天下人・豊臣秀吉の異母弟として知られています( …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。