美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

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紫式部と親交のあった女流歌人・赤染衛門ー藤原道長の正妻・源倫子と彰子に仕えた女房

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戦国時代の元亀元年6月28日(1570年7月30日)に織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が近江国(現・滋賀県)の間でぶつかった合戦です。 俗にいう「姉川の戦い」です。     従来 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。