美濃国岩村城の歴史と関連武将たち
美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。
投稿日:2022年11月15日
-
執筆者:rikutarou
関連記事
北条義時とは?頼朝と姉・政子と八重姫と何歳の差があったか?
北条義時といったら、北条政子の弟だといぐらいは知っています。 何をしたかというと、あまり理解をしてない。 1163年(応保3年・長寛元年)に、北条時政の次男として生まれた …
「職場放棄」から天下人へ!蟄居処分の秀吉が播磨攻め総大将に大抜擢され、弟・秀長が難攻不落の「竹田城」を落とす
豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)のキャリアの中で最大の危機であり、かつ最大のターニングポイントとなった「北陸ボイコット事件」から「播磨(中国)攻め」への大逆転劇ですね。 「信長を怒らせて引きこもり(蟄居)を …
小早川秀秋は関ヶ原の戦いでなぜ東軍(家康)に寝返ったのか
小牧・長久手の戦い後、豊臣政権の中、秀吉が後継者の秀頼が幼いため政務が出来ない事を心配して五大老・五奉行を置いた。 五大老とは、徳川家康・毛利輝元・前田利家 …
姉川の戦いで織田・徳川軍と浅井・朝倉連合軍で戦った浅井長政の引き際の良さ
戦国時代の元亀元年6月28日(1570年7月30日)に織田・徳川連合軍と浅井・朝倉連合軍が近江国(現・滋賀県)の間でぶつかった合戦です。 俗にいう「姉川の戦い」です。 従来 …
水戸藩士の天狗党が集結して中山道大井宿に現れ南下一橋慶喜によて終結
天狗党の乱は、元治元年(1864年)に筑波山で挙兵した水戸藩内外の尊王攘夷派(天狗党)によって起こされた一連の争乱。 ▲回天神社(天狗党の乱参加者が越前敦賀で降伏した後に囚われた鰊倉( …
2026/08/30
前田利家はなぜ柴田勝家を裏切ったのか?賤ヶ岳の戦い・撤退の真相と「天秤」にかけた男の苦渋の決断
豊臣秀頼の子どもは何人?千姫との関係と豊臣家最後の血筋
2026/08/29
【なぜ側室に?】茶々はなぜ秀吉の側室になったのか?仇と結婚した理由・年の差・最期まで徹底解説
2026/08/27
織田信雄と織田信孝の違いとは?肖像画に刻まれた父・信長の面影と「生存劇」の明暗
2026/08/26
「天空の城」竹田城主・赤松広秀|藤原惺窩が愛した文人武将の知られざる生涯
このサイトについて
東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。
日本の歴史
カテゴリー
広告
検索
にほんブログ村