美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

遠山氏は美濃東部の岩村城に本拠地を置き菩提寺大圓寺に希庵和尚を迎える

  建武2年(1335年)に岩村城主の遠山三郎が、遠山一族の総力を結集して菩提寺の大圓寺を建立した。 大圓寺は、建武2年(1335年)から戦国時代の末期の元亀3年(1572年)まで美濃国恵那 …

織田政権の出世頭はやはり『豊臣橋』だった?秀吉と秀長の知行高を徹底検証

織田政権の中で、最も急激にかつ異例の出世を遂げたのは「豊臣兄弟」です。 これは、知行高の推移を見ればほぼ間違いないでしょう。 ただし重要なのは、最初から秀吉は重臣だったのではなく、兄弟セットで上役には …

信長があだ名を付けた丹羽長秀!安土城の偉業と壮絶な自殺の謎

丹羽長秀は織田家の宿老、主君・織田信長に従い、天下統一事業に貢献した武将。 朝廷より惟住の姓を賜ったので、惟住長秀ともいう。 丹羽氏は元々斯波氏の家臣で、天文4年(1535年)9月20日に丹羽長政の次 …

関ヶ原の戦いは九月十五日東濃の関ヶ原の戦い前哨戦とは

 徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が天下を二分して衝突した「関ヶ原の戦い」。     戦国史のクライマックスは関ヶ原ばかりに目が行きがちだが、同時期に東濃地域でも地元の両勢力 …

豊臣秀長が磨き上げた「最高の右腕」藤堂高虎|忠義と実務が交差する師弟の絆

藤堂高虎とは、戦国時代から江戸時代初期にかけての武将・大名。 伊予今治藩主、後に伊勢津藩の初代藩主となる。 津藩藤堂家(藤堂家宗家)初代です。 藤堂高虎は秀長に雇われて人生変わった、 徳川家康に重用さ …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。