美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

応仁の乱の主な中心人物は足利義政・日野富子・細川勝元・山名宗全の関係

 室町幕府が衰退した理由とも言われる「応仁の乱」は、応仁元年(1467年)〜文明9年(1477年)の室町時代中期に発生した大規模な内乱(応仁・文明の大乱)です。     11年とい …

大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆の武将とその他の武将の名前と指揮した大野治長

 後藤又兵衛は黒田官兵衛を支えるも、息子・黒田長政に疎まれた名将です。     その話は別の機会にしますが、まずは、大阪夏の陣に参戦した浪人五人衆とは、後藤又兵衛・長宗我部盛親・毛 …

徳川家康は豊臣家の関係を断ち切るために秀頼・淀殿を滅亡に追い込む

 家康は慶長5年(1600年)において豊臣家の中で同士討ち石田三成(西軍)と徳川家康(東軍)の間で天下を二分する戦いを関ヶ原で決戦した。 いわゆる関ヶ原の戦いです。     これに …

頼朝の愛妾亀の前後妻打ちで政子の嫉妬心表面化

 頼朝の女好きが政子を恐妻にしてしまった。 ”鎌倉殿の13人“で、亀の前と頼朝が深い関係であったと記憶してしている方が多いと思いますが、どいう女性だったのか、あまり深くは知らない。   そこ …

家康が豊臣家の釣鐘銘文「国家安康」に難癖をつけて大阪夏の陣を起こす

 豊臣秀吉は、息子・豊臣秀頼の将来を、徳川家康に託して死去した。 この他人任せの状況が、豊臣一族滅亡の大きな要因となった。 それはなんでしょう?     秀吉の親友であった前田利家 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。