美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

廃藩置県後の岩村城下町は?川を挟んだ侍屋敷と商家の地域

 観光客の多くの皆様は商家の城下町の方を歩いていますが、岩村の町はお城ができて約830年の歴史がある町です。     そのため岩村川を挟んで侍屋敷も幾多の地区にあったし、城山の麓に …

岩村町の夏祭りは熱い「承久の乱」の藤原信能を祀ってある若宮神社

巌邑神社(若宮神社)に後鳥羽上皇の忠臣・一条宰相中将藤原信能卿が承久の乱で敗れて捕らえられ岩村城主・遠山景朝に斬首され合原に亡骸が祀ってある。     これは、後鳥羽上皇が鎌倉幕府 …

鎌倉時代に頼朝に守護地頭を補せられた加藤景廉は遠山荘を嫡男・景朝に任せた

   頼朝が武家政権をつくって、それぞれの国に守護地頭をおいた。 そんな守護地頭の一つに恵那地方の遠山荘を加藤景廉が任された。     守護とは、軍事や警察に関する役目、地頭とは荘 …

岩村町の観光スポット石室千体佛の由来と賑わっていた頃の貴重な写真

岩村の千体佛の行事なんて幼き頃だから、何時やったか覚えがない? ましてや、どいうお祭りか訳もわからず餓鬼連中と出かけた記憶だけあります。 当時は石室千体佛のことを「石のカルト」と呼んでいたような気がす …

小早川秀秋は関ヶ原の戦いでなぜ東軍(家康)に寝返ったのか

 小牧・長久手の戦い後、豊臣政権の中、秀吉が後継者の秀頼が幼いため政務が出来ない事を心配して五大老・五奉行を置いた。       五大老とは、徳川家康・毛利輝元・前田利家 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。