美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

渋沢栄一の家系図ー武闘討幕派から平岡円四郎との出会いで武士になる

   渋沢栄一の最初の配偶者は従姉妹の千代(1858年〜1882年=24年間)との結婚生活、後妻は兼子(1882年〜1934年=52年間)と結婚。 渋沢家の家系図を見てください。 この名前を知っている …

承久の乱で頭角を現した美濃国・岩村城主・遠山景朝と朝敵・一条宰相信能

   遠山景朝は父・加藤景廉の働きで頼朝公より岐阜県恵那郡の遠山荘の地頭を賜ったが、自身は頼朝の意向によって鎌倉に留まって頼朝を助けた。 ▲頼朝が加藤景廉に長刀を渡して、この刀で山木兼隆の首を取ってこ …

鎌倉殿13人のメンバー梶原景時が最初に排除され・一族滅亡された。

 大河ドラマでは、梶原景時の役は中村獅童さんが演じています。 獅童さんにピッタリの役ですでネ〜   梶原景時とはどいう人物か知っていますか? この梶原景時が頼朝を助けていなかったら鎌倉幕府は …

ガラシャの嫁ぎ先の細川家の家系図をみると清和源氏の流れを汲む血筋

   細川ガラシャが嫁いだ細川家は、加藤清正が中世城を取り込み改築した平山城で、清正改易後は細川氏が肥後熊本県の熊本城の城主で明治維新を迎えました。     また、今上天皇は父・明 …

岩村城の最前線だった飯場間城の遠山氏が苗木へ入城 Part1

遠山氏とは、源頼朝の重臣・加藤景廉(藤原利仁の子孫)が功績を残し、文治から建久(1185年〜1198年)の頃に遠山荘(現・恵那市・中津川市・瑞浪市の一部)を与えられたのが始まりで嫡男の景朝が築城する。 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。