美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

恵那市岩村町の城下町にある“かんからや”の「かんから餅」の名付けの由来

 岩村に来たら“かんから餅”を食べて行かないと岩村に来た気がしない。 岩村町には岩村城の歴史あります。     どんな歴史があるかというと、鎌倉時代に加藤景廉が源頼朝によって恵那郡 …

松平信康の切腹はなぜ起きたかの真相を詳しく追求ーその後子供や五徳は?

 松平元康(家康)が今川義元の人質生活のとき、義元の姪の瀬名姫と結婚して、長男・長女を授かった。     その長男が、竹千代(信康)は、永禄2年(1559年)3月6日、松平家康の長 …

なぜ茶々だけが秀吉の子を生めたのか?豊臣家の秘密と歴史的背景を徹底解説

 茶々(淀殿)は豊臣秀吉の側室となって、秀吉亡き後出家せずに豊臣家の母となって徳川家康と戦い豊臣家を潰した女性です。 そこには茶々の深い想いがあったかもしれません。     義父・ …

大給松平宗家は「十四松平」の一つ徳川家康は東美濃岩村藩を置いた

 武家の家が発展するには、分家が欠かせない、例えば、室町幕府を開いた足利尊氏は、清和源氏の流れを汲み、足利(現・足利市)に地名の足利の姓で本拠を置いた。     でも、松平氏の場合 …

岩村遠山氏を軸に十八支城の一つ苗木城の創築者と城主は

遠山氏になってのは、初代・遠山景朝に始まった。 景朝の父・加藤景廉が岩村を統治する前に、この岩村の地に来て、現・岩村町山上の邑長の山上元岩村町長の先祖に頼まれて山賊・野武士を退治したという伝説がありま …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。