美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

家康の側室・阿茶局は相当の武術者で秀忠の養母になる

家康には19人とも、それを超えるといわれる側室がいる、その中の一人に馬術・武術に優れ、これまでとは違うタイプのデキる女、頼りになるバリキャリの側室・阿茶局。 家康の正室は2人、築山殿と朝日殿で共に政略 …

家康が名刀 童子切安綱を次男・義伊松に餞別に渡したとされるが行方は?

 天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦い後、調和条件として秀吉のもとへ養子を差し出すことになった家康。   当初は、家康の異父弟にあたる松平定勝(実母・於大の方と再婚した久松俊勝の子) …

五大老の1人であった徳川家康と西軍の毛利輝元は関ヶ原の戦い後どうしたか

 この2人は豊臣政権下では五大老のメンバーでしたが、関ヶ原の戦い時では徳川家康は東軍の大将、毛利輝元は西軍総大将と東西に分かれた。     西軍のメイン実行はメンバーは、石田三成・ …

淀殿と豊臣秀長の静かな駆け引き|秀吉政権の裏にあった調和と絆

 豊臣秀吉の弟・豊臣秀長、温厚で誠実な人柄は、戦乱の世にあって兄・秀吉を支える”調整役”として多くの武将に信頼されました。     一方、淀殿(茶々)は、秀吉の側室として絶大な影響 …

【吉川元春の教養】生涯不敗の猛将が戦場で『太平記』を書写した驚きの理由とは?

わずか12歳で初陣を飾り、数々の戦で勝利した戦国武将・吉川元春。   「戦えば必ず勝つ」と言われた圧倒的な武勇のイメージが強い元春ですが、実は文化人的な面や、冷徹な戦略家としての横顔をもち合 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。