美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

中山道宿場町の大井宿の横町、本町、竪町、茶屋町、橋場の旅籠配置図

大井宿とは?どのような宿場か? 恵那郡大井村だから岩村領かと思っていたけど、ここだけは違う尾張藩の管轄だった。     中山道の江戸から数えて46番目の宿場、美濃国恵那郡大井宿は尾 …

実業家となった渋沢栄一の家系図と子孫達の活躍

 明治になって日本を代表する実業家となった渋沢栄一は、最初の妻・尾高千代がコレラに罹って亡くなったのが明治15年(1882年)、後妻は伊藤兼子で明治16年(1883年)で、二人の間に七人の子に恵まれ多 …

信長は難攻不落の東美濃・岩村城を落城して家康に宛てた 黒印状がでてきた

   元亀3年(1572年)8月14日、平安時代末期から美濃国東部を支配していた、遠山氏の宗家岩村城主・遠山景任が病死した。     岩村遠山氏は以前は信玄に臣従していたが、織田信 …

女城主おつやの方は信長に政略婚に使われ挙げ句の果ては磔にされた絶世の美女

 戦国時代の女性は、ほとんどが名前が不詳であった。   女城主・おつやの方も例外でなく、「お直の方」「おつやの方」と多く使われています。 「三河風土記」に遠山景任(とおやまかげとう)を「岩村 …

一条天皇の母は藤原詮子〜中宮定子と中宮彰子の関係は?

 一条天皇は、円融天皇の第一皇子、天元3年(980年)6月1日に誕生し、母は藤原兼家の娘・藤原詮子※1(後に東三条院)。     諱は懐仁(やすひと)で、永観2年(984年)従兄弟 …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。