都を離れて1年が過ぎた頃、光源氏は、須磨を暴風雨に襲われた。
すると、生きた心地もしない光源氏の夢に、亡き父・桐壺院が現れ、ここ須磨を立ち去るように父から告げられる。
この物語は、『源氏物語』第十三帖・明石/第二章・明石の君の物語である。
明石ってどこを言うかというと、それは、神戸市西区櫨谷町松本付近に「岡の居館(岡辺の館)があったとされる。
栄華への道が光源氏に訪れることになる。
光源氏27〜28歳・紫の上19〜20歳・明石の君18歳〜19歳。
夢のお告げに導かれた光源氏は、明石で運命を共にする女性と出会うのが明石の君である。
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明石入道現れる
翌朝、光源氏を明石にお連れせよというお告げを受けたという明石の入道が現れ、光源氏は夢に導かれるようにして明石へ移った。
さて、この明石の入道、自分の子孫が帝の后になる夢を見たため、出家して明石に留まっているという風変わりな人物である。
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明石の浦の風光は、 光源氏がかねて聞いていたように美しかった。
ただ須磨に比べて住む人間の多いことだけが、 光源氏の本意に反したことのようである。
明石入道の持っている土地は広くて、海岸の方にも、山手の方にも大きな邸宅があった。
渚
には風流な小亭が作ってあり、山手のほうには、渓流に沿った場所に、入道がこもって後世の祈りをする三昧堂があって、老後のために蓄積してある財物のための倉庫町もある。
高潮を恐れて、この頃は、娘その他の家族は山手の家の方に移らせてあったから、浜の方の本邸に 光源氏一行は気楽に住んでいることができるのであった。
船から車に乗り移るころにようやく朝日が上って、ほのかに見ることのできた源氏の美貌に入道は老いを忘れることもでき、命も延びる気がした。
満面に笑えみを見せてまず住吉の神をはるかに拝んだ。
月と日を掌の中に得たような喜びをして、明石入道が 光源氏を大事がるのはもっともなことである。
おのずから風景の明媚な土地に、林泉の美が巧みに加えられた庭が座敷の周囲にあった。
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入り江の水の姿の趣などは想像力の乏しい画家には描けないであろうと思われた。
須磨の家に比べるとここは非常に明るくて朗らかであった。
座敷の中の設備にも華奢かしゃが尽くされてあった。
生活ぶりは都の大貴族と少しも変わっていないのである。
それよりもまだ派手なところが見えないでもない。
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明石の君と出会う
主人の入道は、信仰生活をする精神的な人物で、俗気のない愛すべき男であるが、溺愛できあいする一人娘のことでは、源氏の迷惑に思うことを知らずに、注意を引こうとする言葉もおりおり洩もらすのである。
光源氏も、かねて興味を持って噂を聞いていた女であったから、こんな意外な土地へ来ることになったのは、その人との、前生の縁に引き寄せられているのではないかとも思うことはあるが、こうした境遇にいる間は、仏の勤め以外のことに心をつかうまい。
京の女王に聞かれてもやましくない生活をしているのとは違って、そうなれば、誓ってきたことも皆嘘にとられるのが恥ずかしいと思って、明石入道の娘に求婚的な態度をとるようなことは絶対にしなかった。
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何かのことに触れては、平凡な娘では、なさそうであると心の動いて行くことはないのではなかった。
光源氏のいる所へは、入道自身すら遠慮をしてあまり近づいて来ない。
ずっと離れた仮屋建ての方に詰めきっていた。
心の中では美しい 光源氏を始終見ていたくてならないのである。
ぜひ、希望することを実現させたいと思って、いよいよ仏神を念じていた。
年は六十くらいであるがきれいな老人で、仏勤めに痩せて、もとの身柄のよいせいであるか、頑固な、そしてまた老いぼけたようなところもありながら、古典的な趣味がわかっていて感じはきわめてよい。
素養も相当にあることが何かの場合に見えるので、若い時に見聞したことを語らせて聞くことで 光源氏のつれづれさも紛れることがあった。
昔から公人として、私人として少しの閑暇もない生活をしていた 光源氏であったから、古い時代にあった実話などをぼつぼつと少しずつ話してくれる老人のあることは珍重すべきであると思った。
この人に逢わなかったら歴史の裏面にあったようなことはわからないでしまったかもしれぬとまでおもしろく思われることも話の中にはあった。
こんなふうで入道は、 光源氏に親しく扱われているのであるが、この気高い貴人に対しては、以前はあんなに独り決めをしていた入道ではあっても、無遠慮に娘の婿になってほしいなどとは言い出せないのを、自身で歯がゆく思っては妻と二人で歎なげいていた。
娘自身も並み並みの男さえも見ることの稀まれな田舎に育って、 光源氏を隙見した時から、こんな美貌を持つ人もこの世にはいるのであったかと驚歎はしたが、それによっていよいよ自身とその人との懸隔を明瞭に悟ることになって、恋愛の対象などにすべきでないと思っていた。
親たちが熱心にその成立を祈っているのを見聞きしては、不似合いなことを思うものであると見ているのであるが、それとともに低い身のほどの悲しみを覚え始めた。
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明石の君との生活
光源氏は紫の上や入道の宮へ現状を伝える手紙をしたためて使いに持たせた。
明石入道は勤行三昧の日々を過ごしつつも、源氏の嫁に迎えてもらおうと、それとなく娘のことをほのめかす。
光源氏は都に置いてきた紫の上を思うとそんな気にはなかなかなれないが、生来の気が多い性質はそうそう変化するものでもない。
明石の君もまた、ほのかに垣間見た光源氏の美麗な姿を想うにつれ、自分の身との差を感じ、親のもくろみを面倒で恥ずかしいことだと思うのだった。
4月になった。
光源氏が琴を弾くと、その音色は明石の君や明石入道のもとにも届いた。
見事な音色に入道は居ても立ってもいられず、 光源氏のもとへ行き、ともに琴を奏でる。
父の入道は明石の君が弾く琴も良い音色なので、いずれお聞かせしたいと申し出た。
まずは和歌のやり取りからと 光源氏は手紙を送るが、明石の君は恥ずかしがって返事もしない。
入道の代筆の返歌にややも呆れる源氏だったが、興味は募るばかりだ。
追って返事を書くと、以降は明石の君も自筆で返信するようになった。
一方、都では朱雀帝の夢枕に故・桐壷院が立ち、怒りに満ちた目で帝を睨んでいる。
これは光源氏を冷遇したことに対する院の怒りなのかと畏れ多く、弘徽殿大后に進言するが軽くあしらわれてしまう。
しかし睨まれた祟りなのか朱雀帝は目を患い、次いで右大臣が死去、弘徽殿大后もまた病みついてしまうのだった。
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明石の君との別れ
秋になっても源氏と明石の君の手紙のやり取りは続いていたが、これ以上を望むのは身の丈を過ぎた考えだと自分を戒める明石の君とは逆に、源氏はますます思いを募らせる。
噂の琴の音色もまだ聞かせてもらってないではないかと源氏は入道に持ちかけ、頃合いを見て入道が誘いの文句を寄越した。
その夜、馬で少人数だけを連れて山手の棟へ赴く源氏。物越しでの明石の君との対面に始まり、心づくしにかき口説いて、ようやくふたりは結ばれる。
明石の君は源氏が想像した以上に上品で素晴らしい女人だった。
光源氏は、こうなったことを隠しだてしてはおけないだろうと、紫の上に「はかない夢をこの浦で見た」と隠喩で知らせる。
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紫の上は真意を察知するが、恨み節を延々書き寄越すわけではなくさらりと一首だけ返歌を詠んだ。
最愛の人を傷つけてしまったと後悔した光源氏は、しばらく明石の君のもとに通わなくなるが、それだけに明石の君は塞ぎこんでしまう。
年が明けた。朱雀帝はいずれ譲位しようにも春宮に後見人がいないことを考えて、光源氏を都に呼び戻すことを決定する。
先の帝の正妻・弘徽殿大后の病も快癒せず、自身の眼病も再発したため、7月には再度都へ戻るよう宣旨を出した。
光源氏は宣旨を嬉しく思うが、それは明石の君と別れを意味する。
明石の君は妊娠したようで、源氏はますます去りがたく、毎夜毎夜明石の君のもとへ通う。
秋になりいよいよ出立目前となっても、 光源氏は明石の君の傍を離れがたい様子である。
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別れを偲んで明石の君にせがんだ琴の音色は、評判通りに格別なものだった。
光源氏が明石の浦を去ると、明石の君はうち萎れ、入道も茫然自失の状態に陥ってしまう。
それでもお腹の子がいるからと、なんとか気を強く持ち自らを慰めた。
二条院に帰着した 光源氏は紫の上と対面する。
一段と美しさが増した紫の上と久しぶりに語らい、明石の君のことも隠さずに話す 光源氏だった。
政治にも復帰して、権大納言(ごんだいなごん・定員外の大納言)になった。
数多くの女人との浮名を流した源氏だったが、帰着後は紫の上にべったりで他の女人のもとへ通うそぶりもない。