美濃国岩村城の歴史と関連武将たち

美濃国岩村城の生い立ちから戦国時代をかけて来た、織田信長の叔母である「おつやの方」女城主、徳川時代の平和時代から明治維新まで歴史のあれこれ。

関連記事

豊田市にある奥殿陣屋の歴史は第6代大給松平宗家の実弟・松平真次が始祖

 豊田市の松平東照宮に行くと、下記のパンフレットが貰えます。    ▲貰ったパンフレットの表紙です。     パンフレットを見ると東照宮の横に奥殿陣屋がありますが、横と言っても最短 …

竹千代の誕生後1歳半で父・広忠と母が離縁後6歳〜19歳まで人質生活を送る

 家康といえば天下を取った「たぬき親父」という印象の方が多いことでしょう?     家康のことは知ってるようで知らない、江戸城を築いたり名古屋城は家康の子・徳川義直(九男)のために …

江戸城を築城した太田道灌はなぜ?主君に殺されたか悲運の武将

 戦国一の智将とも称される太田道灌。 彼の功績は、同時代を生きた他の誰とも比べられないほど輝かしいものでしたが、彼の聡明すぎる頭脳と自己顕示欲は、自身の破滅を招いたひとつの要因だったと言えるでしょう。 …

徳川慶喜の家系図と正室・有栖川宮の娘美賀君と渋沢栄一の関わり

  徳川幕府・最後の将軍・第15代征夷大将軍・徳川慶喜(在職:慶応2年12月5日(1867年1月10日)〜慶応3年12月9日(1868年1月3日))ことを、知っていそうで、あまり知らないという方がいる …

家康は秀吉に負けて得した江戸転封で旧来制度を打破する

 秀吉と家康の関係がいまいち、よくわからない。 何故かというと秀吉は百姓の出、一方家康は城持ちの大名の出、なのに秀吉が先に天下人になって、家康を顎で使ったか?    先ず、家康と秀吉の関係は …

東美濃の岩村城の歴史(いまから800年余に鎌倉時代に築城された山城、日本三大山城の一つ、他に岡山の備中『松山城」奈良県の「高取城」があります)について書いています。のちに世間に有名な人物は林述斎・佐藤一齋等を輩出した岩村藩は江戸時代になって松平乗紀(のりただ)が城下に藩学としては全国で3番目にあたる学舎を興し、知新館の前身である文武所とた。気楽に読んで頂ければ嬉しいです。